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器用貧乏は赤魔道士になれ

極小ベンチャー企業のひとり管理部門担当者が、多岐に渡る日々の業務のことだったり全然関係ないことだったりを書くブログ

住民投票で反対したのになぜ大阪W選挙では大阪維新に投票したのか

雑感

 大阪府知事大阪市長選挙からはや一週間。選挙の結果が分かった直後に当エントリーのタイトルのような大阪市民の行動が理解できないというツイートをよく目にしたので、なぜそうなったのか、あくまでも想像でその一例を書いてみました。

 

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 2015年5月17日、大阪市特別区設置住民投票が行われ、私は反対に票を入れた。

 

 大阪市内在住、58歳、男性。大阪市内の中小企業で、役職定年をし、今は元部下でもある40代の総務部長の補佐をしている。

 一人娘も巣立ち、家庭は妻と二人きりだ。

 

 都構想にはそれなりに興味を持っていた。地盤沈下と言われて久しい大阪には変革が必要なのは確かだからだ。

 しかし、いざ住民投票という選択の現実が迫ると、大阪が良くなる道は本当にそれしかないのか、と疑問に思い始めた。

 いや、そうではない。明確な理由はないが、後戻りできない物事に対する戸惑いを感じた、と言った方が近いかもしれない。

 

 住民サービスが良くなると維新は言い、反対陣営は悪くなると言った。

 だが、正直なところ、住民サービスが具体的にどういうものか私は分かっていないかもしれない。

 家のことは妻にまかせっきりで、住んでいる地域の燃えるごみの日が何曜日かさえ知らないのだから。

 

 二重行政を解消して変革を推進すると維新は言い、反対陣営は二重行政などないと言った。

 そして都構想の反対陣営は、「大阪戦略調整会議(以下「大阪会議」)」という会議の場を対案として出した。

 大阪市堺市を解体しなくても、話し合いで大阪の変革は可能であると。

 都構想に何となく抵抗を感じていた私は、この案を信じたかった。

 だから反対陣営、いや、具体的に言うと大阪自民の言うことを信じてみることにした。

 そして都構想に反対票を投じた。

 

 住民投票の結果は、賛成694,844票(49.6%)、反対705,585票(50.3%)。1万741票の僅差での否決となった。(Wikipediaより)

 つまりこのうちの過半数である5,371票が賛成に回っていれば、都構想は可決されたのだ。

 5,371票。有効投票数1,400,429票のうちのたった0.38%。

 

 私の選択は正しかったのだろうか?

 その思いが、この後の大阪会議の流れを注視するきっかけとなった。

 

 同月。大阪会議の設置条例案を自民が提出した。

 大阪会議はある意味住民投票の結果によって市民の付託を受けたようなものなので、維新が賛成を表明した。

 

 6月5日。なんと、条例案を提出した自民自身が賛否を表明しなかった。

 

 6月10日。それでも結局大阪会議は大阪市議会で可決した。

 しかし、自民は維新が賛成したことに不満を漏らした。

 継続審議にして案をブラッシュアップさせ、9月議会での成立を自民は目指していたらしい。

 

 7月24日。第1回大阪会議は、ただモメたただけで終わった。

 しかも自民は、大阪会議を都構想の対案だと言わなくなった。

 

 8月10日。第2回大阪会議が開催されるはずだったが、自民党府議団が会議を欠席した。

 自分たちが提案した会議なのに。

 都構想なんてドラスティックなことではなく、話し合いでもちゃんと大阪は前に進めると言ったのに。

 

 9月28日。第3回大阪会議。前回が流会して2カ月ぶりの開催だというのに、議題を審議入りせずに終了した。

 

 私の選択は正しかったのだろうか?

 

 大阪府知事大阪市長選挙に向けた各陣営の活動が活発化してきた。

 橋下市長の後継者として吉村洋文さんが大阪市長選挙への立候補を表明した。

 反対陣営として、都構想の住民投票の際に活躍した自民党の柳本顕さんも立候補した。

 知事選については、大阪維新側は現職の松井知事が立候補し、反維新では市長選の柳本氏と同じく自民推薦の栗原貴子さんが出馬した。

 

 大阪維新陣営は都構想の実現を再度打ち出してきた。

 反維新陣営の候補者たちは大阪維新の政策が危険だと主張した。

 

 都構想は住民投票で否決されたので、それを再度政策に持ち上げるのはおかしいと反維新は言った。

 でも、私はこの理論は違うと思った。少なくとも私にとってこの理論は的を得ていなかった。

 住民投票の際に私が出した結論は、大阪を変えていく手法として大阪会議と都構想は二項対立のようなもので、

『大阪会議 > 都構想』

だと捉えたからだ。

 しかし現状において大阪会議は機能していない。

 しかも大阪自民は、住民投票後に大阪会議は都構想の対案ではないとしてしまった。

 二項対立は崩れ、さらに反維新側が具体的な対案を出さなかった。

 つまり、大阪の進歩に対して『(空白)VS都構想』という構図となり、結局私には都構想という手段しか残されていない状態になった。

 

 そして、反維新陣営である自民党出身の候補者には共産・民主が支援に回った。

 現在の国政で自民党公明党連立政権を組んでいるが、もし自民党が“共産党と連立を組みます”と言ったら、国民はなんと思うだろうか。おそらく目が点になるか口が開きっぱなしになるだろう。

 この奇妙な状況を納得することは私には難しい。

 

 以前の住民投票でも確かに『大阪維新VS反維新の自民・共産・民主など』だったが、そのときとは状況が違う。

 この対立は、『大阪維新(都構想)VS反維新の自民・共産・民主(反都構想)など』という政策による対立構造だった。

 しかし今回は違う。

 大阪維新側は相変わらず政策を訴えて選挙にのぞんだが、大阪自民側は反維新を掲げて戦った。少なくとも私にはそう見えた。

 そういう意味においても、やはり大阪を変える政策に対する二項対立という体は崩れ去った。

 

 11月22日、大阪府知事大阪市長選挙の投票日当日。

 私は大阪維新の候補者に投票した。他に選択肢はなかった。

 

(おわり)