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器用貧乏は赤魔道士になれ

極小ベンチャー企業のひとり管理部門担当者が、多岐に渡る日々の業務のことだったり全然関係ないことだったりを書くブログ

東芝「不適切会計」問題についてのケイリの雑感 -経営陣としての責任と罪-

 コーポレートガバナンスの優等生だったはずの東芝が、「不適切会計」によって利益を1500億円以上水増しした問題で大揺れしています。

 

 私も7月20日に公表された第三者委員会調査報告書の要約版を読みました。

 「不適切会計」において様々な手練手管が使われているので、経理職である自分がいつか同じ過ちを犯さないようにという視点で読むと、結構勉強になりました。

 そして、東芝内の経理の現場の方々に、同業のよしみで少し同情しました。「不適切会計」が行われている間、複雑な思いを抱えていたのではないでしょうか。おそらく“おかしいよね、これ”と考えていた人もいたと思いますし、もしかしたら発覚してほっとしている人もいるかもしれません。

 

 田中前社長が7月21日の会見で、会計処理に問題があればたとえ社長にでも意見するのが経理というものだという思い込みがあったというような趣旨の発言がありました。

 本当にそう思っていたかどうかは別としても、やはり私としては経理財務部門の中から声は上がらなかったのかどうかは気になるところです。声は上げたけれど黙殺されてしまったのでしょうか。

 しかし、贔屓目ではありますが、たとえ声を上げられなかったとしてもあまり責める気にはなれません。そもそも社長を止められるほどの権限が経理財務部門になければそんなことはできません。正義感や倫理だけを求められても、上役によってもたらされた不正を正す力がなければ意味がありません。

 そういう意味では、実際に社長の間違いを阻止できる監査役会や、財務諸表に不適性などの意見を出せる監査法人が機能しなかったことの方が大きな問題だと思います。

 

 たとえ経営者でも、会計処理を知っているとは限りません。というか、知らないことの方がほとんどでしょう。昨今の会計処理はとても複雑で、もはや専門家でなければわけのわからない世界になっています。

 経営者はときに適法でない会計処理を持ち出してきます。知らないがゆえに会計的な無茶を言います(別に東芝の経営陣を擁護しているわけではありません)。ですから「それは駄目ですよ」と権限を持って止める人や機関が絶対に必要なのです。

 正義感だけで自身のクビも顧みず進言できるような、進撃の巨人のエレンみたいな死に急ぎ野郎は滅多にいません。そもそもそんな人は安定した大企業に入社したりしません。

 東芝では様々な経営刷新策が執られることと思いますが、不正が行われた際に経営陣を現実的に止められる機能を構築するべきです。それができなければ、刷新などしていないも同然だと思います。

 

 ここまで「不適切会計」の発見について書きましたが、私はこの件の最も大きな問題点は別のところにあると思っています。

 

 そもそも、なぜ利益の水増しをしなければならなかったのでしょうか?

 答えは、利益が想定よりも上がらなかったからです。

 ではなぜ利益が上がらないのか。どうやったら利益が上がるのか。それを考えて実行する布陣を組むことが経営者の役割です。

 

 利益とはどのようにして生み出されるのでしょうか。

  「利益=収益-費用」です。

 収益が増えれば利益も増えますし、費用を減らせば利益が増えます。

 

 収益とはつまり売上高のことですが、売上を増やすために企業は広告宣伝をしたり、人員を育てたり、研究開発をしたり、設備投資をしたり、新規事業を企画したり、マーケティングリサーチをしたりと、様々な取り組みを行います。

 また、費用を減らすために、製造作業の効率化を図ったり、人員を削減したり、仕入値を見直したり、無駄な経費を洗い出したり、不採算部門を廃止したりしています。

 つまり、利益とはあらゆる企業努力によって生み出される結晶なのです。

 東芝でも当然利益を上げるための様々な取り組みが行われていたのでしょうが、一部では経費を過小に計上することによる利益の水増しという方法でもって、みせかけの利益を上げてしまいました。

 

 数字というのは、適正に扱いさえすれば現実をあられもなく如実に表してくれます。

 第三者委員会調査報告書の要約版の別紙3「PC事業月別売上高・営業利益推移(2005円4月~2015年3月)」のグラフなどは特にそれが顕著です。“数字って残酷だな”と思いました。PC事業においていつから「不適切会計」が横行し始めたのか一目瞭然です。

http://www.toshiba.co.jp/about/ir/jp/news/20150720_1.pdf

 

 数字はときに責任者を追い詰めます。それは企業だけに限った話でなく、国の為政者についても同様です。今だと財政赤字を隠していたギリシャが思い起こされますし、古くから時の権力者が数字を隠したり、数字による現状把握に積極的でないことはよくあったようです。一種の責任逃れのようなものです。

 

 しかし、数字を適正に扱わないということは、現状を正しく認識できず、今抱えている問題点を的確に捉えられないということです。そうなると、現状において執るべき対応策も実行されなくなり、時間はかかるかもしれませんが、最終的には破滅へと向かいます。

 利益を上げ得る様々な施策があっただろうに、東芝は「不適切会計」の処理にかまけることによって、そのチャンスの一部を逃してしまったのです。

 

 巷では、違法性を認識した上での指示だったかどうか、刑事事件へ発展するか否か、また米国での民事訴訟などの話題に注目が集まっていますが、

 

 ・経営陣が、その経営手腕ではなく「不適切会計」によって利益を上げようとしたこと

・それによって現状に合った対策が取れずに企業の実力を減退させてしまったこと

 

 私はこれらがこの問題で一番重要な部分ではないかと思っています。