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器用貧乏は赤魔道士になれ

極小ベンチャー企業のひとり管理部門担当者が、多岐に渡る日々の業務のことだったり全然関係ないことだったりを書くブログ

成功のための失敗 -素人経営のベンチャー企業は蜜の味-

 前回の記事で、わが社の資金ショート寸前という事態は、事業開発の遅れに起因していると書きました。

jackofalltradesandmasterofnone.hatenablog.com

 

 しかし、資金ショートの要因はこれだけではありませんでした。

 

 設立から5年程はベンチャーキャピタルや投資家から出資や、企業からの研究受託による収入、補助金収入などで資金は潤沢だったようです。

 しかし、カネがあるところからなんとかむしり取ろうというのが人の世の常です。胡散臭そうな人や、まともに見えながら実際胡散臭かった人など、会社にはいろいろな人が関わってくるものです。

 実際、補助金事業が採択されたら、それを知っていろいろ売り付けよう、かすめ取ろうと寄ってきた人がいたようです。

 

 そんな中、過去の取引や出来事を記録上で振り返ると、カモにされたな、と思えるものが幾つかありました。

 

 まず、材料の仕入れ価格や、機械のメンテナンス料が高く設定されていたように思える事例がありました。

 複数の会社から相見積を取っていたとしても、業者同士で申し合わせて、仕入金額が高くなるようにされていたのかもしれません。実際に注文を受けた業者は協力してくれた他の業者に、受け取った金額の一部をリベートのような形で渡したりするのでしょうか。

 機械のメンテナンスに関しても、契約書通りの回数分行われていないことがありました。しかし業者からの請求額は契約書の内容と同じだったので、当然のことながら、結局これは当初の請求額からメンテナンスの未実施分を減額するよう交渉しました。それでも多額でしたが。元々のメンテナンス料が高かったので。

 

 金食い虫の伏兵は身内にもいました。どちらかというとこちらの方が大きな問題だったかもしれません。

 

 会社設立から3年程して、会社はIPOの準備を始めました。IPOを実現するには管理部門に経営企画や財務、内部統制など、ハイスペックな人材を揃えなければなりません。

 しかし、如何せんそういう方々は給料が高い。当然人件費が嵩みます。

 ついでにいうなら、監査法人にも監査開始以前から事前準備のために業務委託しなければなりません。これも結構なお値段です。

 

 ただ当社の場合、単に人件費がアップしたというだけでは済まない事態が起こっていました。

 この時期に入社した経理財務担当が、いくつか怪しい動きをしていたのです。

 

 まず、新規事業に関連して開発したシステムがあるのですが、そのサポート契約の月額がやたらに高額だったのです。どうやらその経理財務担当者の知人の業者だったようです。これも別の業者に替えた途端、半額位の月額サポート料になりました。(この業者からキックバックを貰っていた可能性をどうしても疑いたくなります。)

 

 さらに当時在籍していた社員から聞いた話ですが、会議費名目で自分の外食費を計上していた疑いがあったようです。

 この経理財務担当者は、会社を辞めるときに自身が使用していたパソコンのデータを消去していったそうですから、怪しさ満点です。

 

 風の噂では、この方、今も何処かのベンチャー企業だかアカデミアの機構だかに潜り込んでいるようです。もしかしたら貴方の隣にいるかもしれません。リアルにゾッとする話です。

 

 大学の研究者などは自分で予算を獲得し、その予算の中で研究に使うお金の遣り繰りをしなければいけませんので、お金に関する意識はしっかりお持ちではないかと思います。

 しかし、企業の研究者は、自分が今研究に使っているお金をどうやって稼いできているのか、また、そのお金をどうやって効率よく使うべきなのか、シビアに考える経験がもしかしたらないのかもしれません。

 

 それに、大学であれ企業であれ、研究分野の方は高学歴。言い換えれば比較的育ちの良い方が多い。

 しかも研究分野の世界に没頭するとそれ以外の世事に疎くなってしまい、この世は魑魅魍魎が跋扈していることに思い至らなかったりします。

 かくしてぼったくられても気付かない研究者の集まりができ上がってしまうというわけです。

 

 2000年前後に、経済産業省が発表した「大学発ベンチャー1000社計画」がきっかけでバイオベンチャー企業が乱立しました。そのなかには当社のように食い荒らされてしまった企業もあっただろうと思います。

 しかし、バイオベンチャー黎明期からまだたったの15年。日本のこの分野は、今はまだ失敗を繰り返して経験値を上げている最中の少年期なのかもしれません。

 失敗で得た教訓を基に挑戦を繰り返していけば、日本のバイオテクノロジー産業も成功率が上げっていくでしょう。

 その為にはまず、失敗した人たちがその経験を活かして再チャレンジできる風土を作ることだと思います。