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器用貧乏は赤魔道士になれ

極小ベンチャー企業のひとり管理部門担当者が、多岐に渡る日々の業務のことだったり全然関係ないことだったりを書くブログ

今回の大阪都構想の住民投票でお年寄りの判断能力について考えた

 大阪府大阪市の二重行政によるムダを廃するための一歩として、大阪市を廃止して特別区を設置する構想「大阪都構想」について、5月17日に住民投票が行われました。

 小指の爪程の僅差で否決となりましたが、一地方都市の改革案にすぎないにも関わらず、どんな結果が出るのか全国的に注目されました。

 また、現役世代の半数が賛成票だったにもかかわらず、高齢者の反対票により否決されたという分析についても、シルバーデモクラシーといわれて大変話題になっています。

 さらに、世代間格差だけでなく、大阪の南北格差の問題を指摘される評論家もいらっしゃいます。

 

 私の両親は2人とも70歳代後半で、大阪市内在住です。私自身も大阪市は長年過ごした場所ですので、今回の住民投票はとても注目していました。

 その上で、ずっと気になっていたことがあります。それは両親のことです。

 住民投票の日の2週間ほど前に母と食事をしましたが、その時は大阪都構想に賛成なのか反対なのか特に尋ねませんでした。母が私に影響を受けるといけないので、私も自分の意見を言いませんでした。今も2人がどちらに投票したのか知りませんし、投票を行ったのかどうかも知りません。

 

 私の母は友達とあちこち旅行に出かけるような、とても元気でしっかりした人です。母ならよく考えて投票したと思います。

 ただ、問題は父です。70歳頃から入退院を繰り返しており、前から記憶力や思考力が危うかったのですが、母やその他の身内の話だと、最近はそれらがさらに落ちてきているようです。少なくとも、都構想に関する説明をきいても理解できなかったと思います。

 

 大阪都構想に関する街頭インタビューなどで、「よく分からない」と答える方もいらっしゃったようです。都構想の内容については各地でタウンミーティングが頻繁に行われており、これほど住民説明に力を割いた例はそうそうなかったと思います。ですから、「よく分からない」という意見に対して「分かろうとする労力を割いていないからだ」と非難する向きもありました。

 少し努力すれば理解できるのにそれをしようとせず、分からないことを理由に投票を棄権するのは責められても仕方のないことだと思います。大阪自民のように「分からないなら反対を」という呼びかけも言語道断です。

 しかし、加齢のために判断力が落ちてきて、理解したくてもそれがかなわない場合があります。それは前述の「分かろうとしてないから分からない」人とは区別して考えるべきだと思います。

 

 人は得てして自分が理解できる範囲内でしか物事を判断しないものです。もし高齢のせいで思考力が弱まってきたら、理解できる範囲も狭まります。だから「敬老パスがなくなるかもしれない」という自分が理解できる身近な問題でしか賛否が決められなかった人がいたのかもしれません。決して利己的な考えがあったからではなく。

 そう考えると、そういう高齢者には大阪都構想の説明は難しかったのかもしれません。もしかしたら、高齢者には違うアプローチをする必要があったのではないでしょうか。

 

 世界各国において、選挙権には年齢制限があります。日本は20歳から選挙権を得ますが、世界的には18歳からが主流のようです。オーストリアやブラジルのように、16歳からという国もあります。

 年齢制限が設けられているのは、判断能力が低いというのが主な理由のようです。しかし、どちらにせよ、年齢制限が設けられているのは下限だけで、上限がありません。

 「選挙権 年齢制限 上限」で検索すると、選挙権の年齢制限に上限を設けるべきという意見が結構あります。ただ、人権の平等という問題もあって、やはりそれは無理があると私は思います。私の両親がまさにそうなのですが、18歳や20歳までの成長速度の個人差より、老いの速度の個人差の方が大きいので、年齢で一律に決めるのは難しいのです。

 

 しかし、判断能力が低いという理由で下限の年齢制限を設けるなら、同じく判断能力の落ちた高齢者が投票するのはどうなんでしょう。やはり今後はこういう事も踏まえて選挙活動をする必要があるのかもしれません。